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便所院 雲黒斎
(べんじょいん うんこくさい)

平安時代の禅僧・詩人。

​幼名は灰猫丸(はいねこまる)。

【代表的な詩】

[飯(めし)食えば ウンコ出る出る 快便時(かいべんじ)]

[大便が 庭に染み入る 厠(かわや)から]

[腹痛(はらいた)や 厠に響く 下痢の音]

どれも腸内環境の大事さを説いた詩である。

【生涯】

寝子 / ねこ(現・愛猫県)にて生まれる。

10歳当時、家が貧乏で食うや食わずだったため、親のすすめで地元の異墓寺(いぼじ)の禅僧に弟子入りした。

しかし、弟子入り初日から「師のクソは臭い」と他の弟子たちを前に陰口を言い馬鹿にしていた悪童だった。

 

それを兄弟子に告げ口され激昂した師に「そんなにクソが好きなら今日から快便太郎か雲黒斎のどちらかを名乗れ!」と言われ渋々、ちょっとだけカッコいい雲黒斎を選ぶが反省するどころか「我が名は雲黒斎!師のウンコも臭い!」などど周りに言って笑いをとっていた為、再び師の怒りを買い破門されそうになる。

 

その後、師に謝罪しなんとか破門を免(まぬが)れた雲黒斎は当時から腹の調子(現代で言うところの腸内環境)が良くなる事で身体の悪い箇所が改善する事になんとなく興味を持っていた。

 

ある意味で神童だったが医学も発達していなかった時代だった為に誰にも相手にされなかった。

 

しかし、誰にも相手にされなかったのは周りの人間の理解不足や時代性というより、雲黒斎の素行の悪さが原因とも言われている。

 

その後、修行を重ね自身も禅僧として弟子をとるようになると常々「悟りを開く前に肛門を開け!」と訳の分からないことを弟子たちに言っていた為、弟子が入門してもすぐに去って行った。

 

雲黒斎いわく「肛門を開けとは腸内環境を良くする事を意味するが、両親とご先祖様から頂いた自身の体(腸内環境)すら大事に出来ない人間が悟りを開くなど100年早い!」という意味だったと語っていたが「もっと違う言い方があるだろう」と弟子や他の禅僧たちに思われていた。

 

のちに禅僧・詩人として全国的に良くも悪くも有名になった雲黒斎は弘法大師・空海とも交流をもつようになった。

 

しかし、空海に会いにいくたびに「空海さん、これ食うかい?」と、くだらない事を言いながら、懐からカリカリになった犬のクソを出してきた雲黒斎に空海は心底、呆れ出禁にした。

 

雲黒斎45歳の時である。

 

これは雲黒斎を出禁にすることで「相手の立場に立った発言や行動の大切さ」を伝えたかったと言われており空海の優しさからであった。

この時の「カリカリの犬のクソ」を模(も)した「雲黒斎のかりんとう」は現代では愛猫県の代表的な銘菓になっている。

 

雲黒斎は、数ヶ月後に空海に謝罪に行ったが出禁された後に「空海の糞詰(ふんづ)まり野郎!」と町中で陰口を言いふらしていたことが空海の耳にも届いていたため門前払いされ生涯出禁を解除されることはなかった。

 

その後、たくさんの詩や俳画などを残した雲黒斎は腸内環境のお陰か当時では珍しく108歳まで生きた。

 

あれ程、腸内環境の大事さを周りに説いた雲黒斎の作品は宿便のようにしぶとく現代まで残り酷宝(こくほう)の認定を受けているが近年、腸内フローラの大切さが一般的に知られるようになっため再評価された。

 

愛猫県では今後、国による重要文化財への指定を期待しているが、本人の素行(そこう)の悪さや作品の内容が内容だけに物議(ぶつぎ)をよんでいる。​​

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